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152キロ初球で唐津商・北方悠、毎回の13Kショー…夏の甲子園第3日

 存在感を示すには1球で十分だった。「バックネットに当たってもいい」。唐津商・北方悠が投げ込んだ外角直球は狙い通り自己最速を1キロ更新。金沢の右腕・釜田佳直(3年)に並ぶ今大会最速タイの152キロを計時した。「実感はなかったけどうれしかった」。強烈過ぎる初球に甲子園がざわついた。
 1球目は奪三振ショーの幕開けに過ぎなかった。初回2死一塁で今野晴貴からスライダーで空振り三振を奪ってから、6者連続の空振り三振。150キロ超の直球、カットボールにスライダーも交えバットにかすらせない。9回の最後の打者も「狙った」と150キロ直球を投げ込み、毎回の13奪三振をマークした。

 1年の冬。長崎・佐世保合宿では、午前5時から午後9時までボールを使わない基礎トレーニングを続けた。また、学校近くの砂浜でも走り込み、体重は半年で5キロ近く増えた。球速アップにはつながったが、一方で“四球病”の一面も。4失点は全て四球絡みで計6四球。「力んでしまったのと、いらない四球」と課題を挙げた。

 悠誠で「ゆうじょう」と読む名前は「友情」のほか両親のさまざまな思いが詰まっている。字画の兼ね合いで優は「悠」の字になったが「優しく誠実に育ってほしい」(父・伸一さん)。「ユウ」は「何でも1番になってほしい」と優勝にも通じる。

 大会直前に中、高の先輩で2000年10月に肺がんのため31歳の若さで亡くなった当時・ダイエー(現ソフトバンク)で、中継ぎとして活躍した藤井将雄さんの墓前に手を合わせて活躍を誓った。「試合を重ねるといい感じで力が抜けてくる」。佐賀の怪腕伝説はまだ始まったばかりだ。

 ◆北方悠誠(きたがた・ゆうじょう)1994年1月25日、佐賀・唐津市生まれ。17歳。小2から湊マリンズで遊撃手として野球を始める。湊中では遊撃手兼投手。唐津商入学後から本格的に投手を始めた。1年夏からベンチ入りし、2年春からエース。秋は県大会で優勝するも、九州大会2回戦で敗退。180センチ、80キロ。右投右打。家族は両親、弟2人で伸生(しんせい、1年)は唐津商の外野手。
(報知)
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